この記事について
チェスや将棋のように結果が完全に実力で決まるゲームと、ルーレットのように結果が完全に運で決まるゲーム。どちらも遊ばれ続けてはいますが、世界中で長期間ヒットし続けている作品の多くは、実はこの両極端のどちらでもありません。マリオカート、ポーカー、麻雀、XCOM、ファイアーエムブレム、Slay the Spire——ジャンルも時代もバラバラなこれらのヒット作に共通しているのは、「先を読めるからこそ立てられる作戦」と「読み切れないからこそ生まれる緊張感」を、意図的に配合していることです。今回はこの「偶然性と予見性のバランス」について、実際のゲームデザインの現場でどう考えられてきたかを調べながら、SURABAYA LAB.が競馬の3連単分析やBang! Bang! SHOGIを作ってきた理由にもつなげて考察します。
なぜ両極端は「広く」愛されないのか
チェスのように運の要素が一切無いゲームは、実力差が結果にそのまま反映されます。これは競技としての公平さには優れていますが、初心者と上級者が同じ土俵で楽しむのは難しく、負け続けた側は「自分には向いていない」と早々に離脱しがちです。逆にルーレットのように完全に運で決まるゲームは、誰でも平等に楽しめる代わりに、上達するという成長の実感が存在しません。どちらも「広く長く遊ばれ続ける」という点では弱点を抱えています。
ヒット作の多くは、この中間のどこかに位置を取っています。ゲームデザイン理論家のグレッグ・コスティキャンは、著書『Uncertainty in Games』のなかで、予測可能な展開はプレイヤーの興味を削ぐという趣旨の議論を展開し、スーパーマリオからディプロマシー、ポーカーまで幅広い作品を横断的に分析しています。「先が読めすぎない」ことそのものが、ゲームを面白くする本質的な要素だという考え方です。
「入力の偶然性」と「出力の偶然性」
この配合を考えるうえで役立つ補助線が、ゲームデザイナーのキース・バーガンが提唱し、ライターのケイレブ・コンプトンが整理した「入力の偶然性」と「出力の偶然性」という区別です。
「入力の偶然性」とは、プレイヤーが判断を下す前に発生する運の要素を指します。カードゲームで手札が配られる瞬間や、ローグライクでダンジョンの構成が決まる瞬間がこれにあたります。プレイヤーは配られた条件のもとで、そこから最善の判断を組み立てる必要があるため、むしろ実力の見せどころが増えます。
一方「出力の偶然性」とは、プレイヤーが判断を下した後に発生する運の要素です。サイコロを振って移動距離が決まる、命中判定で外れる、といった現象がこれにあたります。せっかく最善の判断をしても結果が覆ることがあるため、プレイヤーの努力を無効化しているように感じられやすい一方、まさにその「覆るかもしれない」という緊張感こそが多くのゲームの面白さの源泉にもなっています。
以下、具体的なヒット作でこの2種類の偶然性がどう設計されているかを見ていきます。
事例1:マリオカートの「青こうら」
マリオカートのアイテム設計は、下位のプレイヤーほど強力なアイテムが出やすいという「キャッチアップ方式」を採っています。歴代ディレクターたちは、レースが最後まで誰が勝つか分からない状態を保つことを設計目標として繰り返し語ってきました。青こうらを外した試作版を作ると「何かが物足りない」と感じられたという開発側の証言もあります。
ただしこの設計には批判もあります。ゲーム研究者のイアン・ボゴストは、青こうらは実質的に「後方への機会の再分配」ではなく「先頭集団への課税」に近い機能をしていると指摘しています。実際、上級者のあいだでは「一番強い戦略は、あえて先頭に立たず中団を走ること」だと語られることもあるほどで、これは出力の偶然性(アイテムという後付けの運要素)が、プレイヤーの意思決定そのもの(いつ仕掛けるか)に影響を与えてしまっている興味深い例です。運の要素が、単なる結果のブレを超えて戦略そのものを変形させているのです。
事例2:ポーカーは「実力何%のゲーム」なのか
ポーカーは「運のゲームか実力のゲームか」が実際に法廷で争われてきた珍しい例です。米国の裁判では、実力が結果の50%を超えて寄与していれば「実力のゲーム」とみなすという基準が使われたことがあり、統計学者による4億件超のオンラインハンド分析にもとづいて、実力優位と判断された判例があります。別の1億件規模の分析では、勝負がショーダウン(手札の見せ合い)まで進むケースは全体の4分の1程度にとどまり、最も強い手がそのまま勝つケースはさらに絞られることが示されています。
興味深いのは「どれくらいの回数を重ねれば実力差が運のブレを上回るか」という点で、1000〜1500ハンド程度が目安として語られる一方、精度の高い実力評価には数万〜100万ハンド規模が必要とも言われています。つまりポーカーは、1回1回の結果は運に大きく左右されるが、回数を重ねれば重ねるほど実力が着実に浮かび上がる設計になっているということです。実際、好成績を継続できる上位プレイヤーほど翌期も好成績を残す傾向が統計的に確認されており、「短期的には誰にでもチャンスがある」ことと「長期的には実力者が報われる」ことが両立しています。
事例3:麻雀の「運7:実力3」論争
日本の麻雀界では「運が7割、実力が3割」という言い回しがよく使われます。あるプロ雀士も自身の言葉としてこの比率に近い感覚を語っていますが、同時に主要タイトルの多くが一部の実力者に偏って獲得されている実態も指摘されており、単純な比率論では語りきれない側面があります。逆に、かつて麻雀にも通じていた作家が同じ質問に「運が十割」と答えたという逸話も語り継がれており、この手の比率に厳密な根拠はそもそも存在しない、という懐疑的な立場も根強くあります。
一方でオンライン麻雀の対局データを使った分析では、プレイヤーの実力を統計的に安定して評価するには数百局規模の対局数が必要であること、そして現時点で最も強いとされるAIですら、4人打ちの理論上のランダムな勝率(25%)を上回るとはいえ、1位を取れる確率は3割程度にとどまることが示されています。これは、麻雀が「実力が結果に反映されるゲーム」でありながら、どれほど実力を磨いても偶然の影響を完全には消せない構造を持っていることを裏付けています。この「消せない偶然性」こそが、初心者でも時々勝てる楽しさと、上級者が長期的に勝ち越せる納得感を同時に成立させている土台だと考えられます。
事例4:XCOMの「95%が外れる」現象
『XCOM』シリーズは命中率をパーセンテージで明示する戦略ゲームですが、プレイヤーコミュニティでは「95%の命中率なのに外れる」という現象が長年ネタにされてきました。開発元Firaxisのリードデザイナーは、このゲームの核となる設計思想を一言で表すなら「予測不可能性」だと語っており、意図的に振れ幅のある結果を許容する方針を取っています。
さらに興味深いのは、開発側が人間の確率認識の偏りを把握したうえで設計している点です。人は85%という数字を見ると「ほぼ100%」に近い感覚で受け止めがちですが、実際には6回に1回近い頻度で外れうる数値です。この体感とのズレを埋めるため、低難易度では画面に表示される命中率と実際の内部確率をあえて一致させない調整まで行われているといいます。これは「数学的に公平であること」と「プレイヤーが公平だと感じること」が必ずしも一致しないという、偶然性デザインの奥深さを示す好例です。
事例5:ファイアーエムブレムの、生き返らない仲間
『ファイアーエムブレム』シリーズは、戦闘で倒れたキャラクターが二度と復活しない「パーマデス」システムで知られています。生みの親は、単なる硬派な戦術シミュレーションではなく、キャラクターへの愛着があるほど報われる「ロールプレイングとしてのシミュレーション」を目指してこの仕様を導入したと語っています。
命中率や必殺率の内部計算はあえて完全には開示されておらず、有利に見える数値でも実際にどう転ぶかは最後まで分かりません。どれほど有利な布陣を組んでも、低確率の会心の一撃でお気に入りのキャラクターを失った、という体験談は枚挙にいとまがありません。ここでの偶然性は、単なるゲームバランスの調整弁ではなく、プレイヤーの感情そのものを動かす装置として機能しています。
事例6:Slay the Spireの、データで裏付けられた運ゲー
デッキ構築ローグライク『Slay the Spire』は、カードの引きも階層の構成もすべてランダムに決まる、一見すると運の要素が強いゲームです。しかし開発元のMega Critは、当初はごく少数だった分析指標を90種類以上にまで拡張し、カードごとの採用率と勝率を継続的にデータで追跡することで、運の要素があってもカード同士の強弱バランスが崩れないよう調整を重ねてきたと語っています。
さらに「デイリーチャレンジ」というモードでは、全プレイヤーに同一のランダムシード(同じカードの引き、同じ階層構成)を与えることで、その日に限っては運の要素を完全に固定し、純粋に実力だけを比較できる仕組みを用意しています。ランダム性を排除するのではなく、必要な場面でだけ「共有された偶然」に変えることで、運ゲーとeスポーツ的な競技性を両立させているわけです。
SURABAYA LAB.自身の実験
この「偶然性と予見性の配合」というテーマは、実はSURABAYA LAB.が作ってきたものそのものでもあります。
将棋の対戦ゲーム「Bang! Bang! SHOGI」は、本来は運の要素が一切ない完全情報ゲームである将棋に、「両者が同時に手を決めて指す」という入力の偶然性を持ち込んだ作品です。相手が何を指すか分からない状態で判断を下す必要があるため、純粋な読みの深さだけでなく、相手の心理を読む駆け引きが生まれます。
競馬の3連単オッズジェネレーターと3連単シミュレーターは、逆にこの偶然性そのものを数値で可視化するツールです。理論オッズと実オッズを比較する期待値の考え方は、まさに「どこまでが実力(分析)で説明でき、どこからが純粋な運なのか」を定量的に切り分ける試みですし、シミュレーターで実際に運試しをする体験は、ポーカーや麻雀のプレイヤーが日々感じている「読み切れなさ」を、誰でも手軽に追体験できるようにしたものです。
まとめ
今回調べた事例に共通していたのは、偶然性は単純に「多いほど気軽」「少ないほど硬派」という一次元の話ではなく、それがいつ・どこに・どんな形で挿入されるかによって、ゲームの手触りがまったく変わるということでした。判断の前に置かれた偶然性はプレイヤーの適応力を試し、判断の後に置かれた偶然性はプレイヤーの覚悟を試します。マリオカートは後方への配慮として、ポーカーと麻雀は回数を重ねることで実力が浮かび上がる設計として、XCOMとファイアーエムブレムは感情を揺さぶる装置として、Slay the Spireはデータと固定シードで運を管理する対象として、それぞれ異なる形で偶然性と付き合っています。
「読めるのに読み切れない」——この絶妙な緊張感こそが、ジャンルを超えてヒット作に共通する面白さの正体なのかもしれません。
※本記事はゲームデザインに関する分析・考察を目的としたものであり、紹介した数値・統計は各引用元の調査時点のものです。個別の確率計算やゲームバランスの正確性を保証するものではありません。
SURABAYA LAB.